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[雨は遠いそらの上] 記事数:109

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スズメバチ、とぶ

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白昼より煎餅布団に横臥して種々の懊悩、煩悶、妄想、フッサール現象学の考察、さっき食った味噌汁の思い出、に浸っていると、布団の脇に小さなハチがちょこんと伏せているのが見えた。しばらく眺めていたがじっと動かないので、死んでいるのかな?あまりに暑いので。と思って、尻でもさすってやろうかと後部を見るとあの禍々しい黄と黒の縞模様。奴さんスズメバチであった。
以前、母方の実家の片付けをしているときに屋根の隅から出てきたハチに刺され、てっきりスズメの野郎に刺されたもんだと勘違いしてブチ切れて、「やってられっかふざっけんなバカヤロウ」と絶叫しながら家屋の柱をしとどに蹴り倒壊させた記憶を持つ私である。ふうっと息を吹きかけるとスズメのやつぁ死んではおらずやおら飛び上がった。戦慄とともに「うひょお」と我ながら情けない声を上げ後ずさりすると、スズメは網戸にしがみつき、退路を探しはじめた。
いかんいかん、ここでスズメを逃がすわけにはいかない。屋根裏に巣をつくるかもしれんしな。それに家の周囲にはすでにミツバチベンジョバチクマンバチなど種々のハチが跋扈している。ミツバチなど不足しているというからいっそ売り払おうかというくらいである。だがスズメバチだけは許せん。スズメの脅威に怯えながら玄関先を逃げ腰で通過せねばならないなんて、そんな不条理があって良いものか。否。否否否。
 
しかしそれにしても、無宗教といえど無用の殺生をするのは気が進まない。ハチ一匹を殺すということはどういうことか。ハチの骸を縁側から外に放り投げ、それをアリやら他の虫などが食し、分解し、やがて土へと還っていく。生命とは、他の生命との食い食われながら共存していくシステムの円環なのだ。と思えば、ここでハチを殺すことを別段問題視するべきでは無いのだろう。問題は、システムのバランスをより巨大な、より強力なシステムによって侵犯破壊することにあって、しかしそれもまた新たなバランスが築かれるまでの過渡期に過ぎないのだ。つまり昨今の凶悪な殺人殺傷その他の事件は、ここで言うバランスの問題に集約されるような気がする。逆に言えば、我々は共同的なシステムの刷新を求めているし、それに失敗した場合、システム全体が破壊されることもやむなし、ということだ。とか言ってる場合じゃないし、急いでスプレーを散布することに決めた。
 
頭の中では、「風の谷のナウシカ」で菌が風の谷に入り込んでしまったために森を焼いている図が浮かんだ。マンガのほうのナウシカは、あれは良かったなあ。全7巻あるけど、涙なくしては読めない。オーマが死ぬ場面はいつ見ても泣いてしまう(宮崎駿の作品は母性憎悪がその核にあるというのだけどどうなのでしょうね。それに関する菊地さんの文章を読むために本買ったんだけどまだ読んでない)。映画しか観ていない人は、ぜひマンガ版を読まれたし。映画では描き切れていない世界観がそこにはある。間違いなく日本のマンガにおけるひとつの達成が描かれているだろう。中央政府におかれましては、マンガの殿堂なるものを帝都に設営なさる際には、是が非とも「風の谷のナウシカ」を展示してくださるよう切に期待するものである。ええ。まあ。
 
しかしそれにつけても家にあるスプレーは全部蚊よけので、ハチに効くやつが見当たらない。そんなにうちには蚊が多いというのか!多いんですねえ。夜になると部屋の中にマジで何十匹も出てくる。
やっとのことでハチにも効き目があるスプレーを探り当てそれを持ち出し網戸へ駆けつけると、スズメの姿が無い。すわっ、逃げやがったか?と思い近づいて覗き込んでみると、スズメは網戸の外側に回りこんでいて、スプレーを噴射する暇も無く、スズメは白くわきあがる雲へ飛んでった。おれ、あ、夏。と思って。
  
  
  
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http://www.harcolate.com/special/ethology/ethology1.html

HARCOで一番好きなのが、Ethologyの最後の曲「メニュー」
  

» Tags:スズメバチ, HARCO,

Trackback(0) Comments(1) by 雨|2009-06-26 15:03

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