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[雨は遠いそらの上] 記事数:109

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生田の滝群

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国道349号に復帰し、常陸太田市街方面へと引き返す。「生田」というバス停付近で細い道へ入り、民家のあいだを抜けていく。この先に滝があるのだろうか…。俄かには信じがたい。しかしやがて右手に美しい渓流が見えてくると、滝の予感もいや増す。杉林に囲まれた道は急に暗く、いよいよ細くなる。

車一台すれ違えるかどうかわからない道だ。対向車来ないでくれ~と祈りながらも、こんな山の中、一台だけ車を走らせていると考えるとかなり寂しいものがある。やがて舗装路が終わり砂利道へ入ると、車もがごんがごんと揺れ、余計心細い。うわあ…と思いながらも今さら引き返せない。とにかく行けるところまで行ってみよう…と半ば覚悟を決めているうちに、駐車できるスペースにたどり着いた。ふーーーっ、と大きく息をつく。
とうとう着いたぞ!いや、山のふもとから10分くらいだとは思うけど、それなりの到達感というものがあった。あたりは薄暗く、滝の音がしている。マイナスイオンが充満しているような、湿った、でも良い感じだ。さっそく整備された道を下りていってみる。
滝だ!苔むした大小の岩がごろごろ転がる渓流を、ざああっという大きな音とともに勢いよく流れている。「生田の出合いの滝」だ。今日これまで見てきた滝とは迫力が違う。
「うわあ…」とため息をつきながらも、これは序の口。ここはいくつもの滝が存在し、「生田(おいだ)の滝群」と呼ばれている。この出合いの滝は、異なった流れの「出合う」滝でもあり、われわれ訪問者にとっても「出会い」の滝なのだ。
次の滝へ行こうと岩のあいだを上がっていこうと見上げると、人の姿が!ドキッとする。こんな山奥に誰だろう…気味が悪いな。と自分のことはさておいて思う。上がってみると老夫婦が引き返してくるところだった。あちらも気味悪がってんだろうな…と思いつつ挨拶をしてみると、「こんな山奥でも、来る人は来るのねえ」と奥様。近くまで来たときに旦那様が良いところがあるってんで入って来てみたらしい。ぼくとしては奥様とまったく同じ心境であったが、こんなところで人に出会うとほっとする。「この上に滝があるよ」との旦那様の仰るとおり、そちらを見やるとなるほど、渓流ぞいに少し急な山道が続いている。
ご夫婦のもとを辞し、少し歩くとそこには「見返りの渕」があった。あまりに美しいので誰もが振り返って見返すことからその名がついたそうだ。苔の緑のあいだを抜け落ちる水と、微妙な色合いを湛えている渕が美しい。
さらに上っていくと「中滝」がある。遠目に見ると出合いの滝よりも小さく見えるのだけど、近づいてみるとその迫力は十分だ。小ぶりながらも豊富な水量がこれでもか、と流れ落ちていく様はまさに「中」滝と呼ぶに相応しいだろう。ここから少し歩けば、それを凌ぐ「大滝」は目の前に突然ひらけてくる。

地元の有志の方たちが作った橋が架かっていて、少し遠めからだけど真正面から大滝と対峙できる。高い岩壁から三筋の水が流れ落ちる様は、「人の手が入りすぎた袋田の滝よりもこちらのほうが素晴らしい」と言わしめるほどの美しさ。豪快、というよりは蛇のように曲がりくねった流れは狡猾さをも感じさせる。山沿いの斜面にはたくさんの踏み跡があって、撮影ポイントも充実。あらためて秋の紅葉をうらめしく思う。
大滝のさらに上流を辿っていくと「ノンデンボウの滝」と「生田の上滝」、いくつもの小さな滝が見られるのだけどそれは後日。いつの間にか陽は落ちはじめ、名残惜しいが大滝をあとにする。本当に冬は日の暮れるのが早いなあ。行きに見落とした、出合いの滝の左手に位置する「小滝」を帰りに見る。こちらも美しい。生田の滝では近年、この美しさを生かしてコンサートが開かれているという。
 
老夫婦と別れてからは、完全にぼくひとり山の中。とても静かだ。薄暗いけれど、気味悪い感じはしない。いや、どうなんだろう。ビクついてるのかな?でも街を歩くより全然マシだ。こわばった身体をほぐすように、大きな足取りで歩く。
歩いているといろんなことを考える。滝を見る。滝や、渓流。水の流れ。そんなものを見ていると、ぼくらが眠る夜のあいだもずっと変わらず流れ続けているんだなあと思う。
それは何十年も何百年も変わらず続いてきたし、これからも続いていくんだろう。とても不思議な気持ちだ。滝つぼのほとりで一晩中、そんな流れを眺めていたら良いだろうな、と思う。でもぼくはダメだ。ねぐらをどうするか、飯は?火はどうする。灯りは。そういうひとつひとつの(決して解決できないようなものではない)こと、瑣末なことが頭をよぎり、「ああなんか、面倒だ…」と思ってしまう。手も足も出せず身体をもじもじさせるけれど、結局は疲れて黙り込んで眠ってしまうのだ。「まあいいや…もういいや…」
 
でも今こうしてそんなことを思ってみて、滝つぼのほとりで一晩過ごすのも悪くないな、とあらためて思う。安いテントとシュラフでも買おう。トランギアのバーナーを買ってあったかいコーヒーを飲みながら、滝のしぶきをいつまでも見ていよう。眠くなれば、テントに寝転がって水の音を子守唄にすれば良い。でも、そんなことして何になるというのだろう?
その問いが、今のぼくをよく表している。そんなこと問うてみて、何になるというのだろう?
  
今日も、頭でっかちでふらふらしたぼくが、憂鬱な顔でどこかへ車を走らせている。そしてどこへも行けないだろう。わかってるよ、とぼくは言う。山は、木は、滝は何とも言ってくれない。ゆえにぼくはいつも打ちのめされる。それらはいつでもぼくのことを待っているのだ。

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Trackback(0) Comments(6) by 雨|2008-02-08 01:01

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