ご利用規約プライバシーポリシー運営会社お問い合わせサイトマップRSS

[鯨エマの海千山千] 記事数:1742

< 次の記事 | 前の記事 >

煙の行方

このエントリーをはてなブックマークに追加

午後のゲネは、カメラマンのボビー、
音声ガイドオペのW女史、そのほか、美術家、小池も見守る中
スムースに進んだ。
ただひとつ、ロスコの煙をどう流すか、
これだけがひっかかり、ゲネが終わったあとも、
扇風機の場所を変えたり、仕込み場所を変えたりしながら
舞台監督、照明とともに戦っていた。
私たちの意志を無視して、空調、隙間風に左右されながら
煙は広がる。
独特のにおいに、役者は喉をやられてしまわないか、
ひやひやものだ。

ゲネ中に、音声ガイドのチェックもしていたのだが、
この、光の海のシーンが、
視覚障害者にはどんな風に想像されるのだろうか。
私のガイドは適当だろうか?
・・・というか、実は、あまり説明を加えていない、
音楽のボリュームの大きなシーンはガイドが聞こえなくなってしまうので
あえて、ムリヤリに入れないことにしている。
「光の海」と題したこの三途の川は、どんなイメージなのだろう。

ゲネの間、ロビーでは、きちんと受付の準備をしているだろうか、
受付の人数は足りるだろうか、
ビールを冷やしてくれているかな・・・・
いろいろと気になる。
客席には、小池がいた。
彼女は私と同じ演劇部だった人間で
当時は、鴻上さんの率いる第3舞台の大ファンだった。
その後も某制作会社に勤めた経験がある、
友達といっても、ある意味、芝居に厳しい目を持っている。
その小池がゲネ後、「面白かった。」
といってくれたのを少々励みにしつつ、本番を迎えることになった。

何があっても、幕はあく・・・・と信じてきたが、
先日、ついに、台本が上がらずに
公演を見送りにしたという劇団があったと聞き
こうして幕を開けられることも、奇跡なのかもしれないと思った。
障害物はたくさんあった。
それでも、今回は、作品を成功させるという目的以外に、
主役を演じる若手俳優に、
なんとしても舞台の上での限りなくあふれる肉体と精神の可能性を
実感して欲しい、そして、芝居を一生やってゆきたいと思える
何かを感じて欲しいという、私の密かな願いがあった。
やはり未だに無口な彼は、どう感じているのか口では言わないが
結果はどうあれ、私はやれるだけのことをやろうと思う。

無事?否、なんだか、テンポは悪かったが
それでも初日の幕は上がり、降りた。

客席には、私がたびたび登場人物にしている、「もとこちゃん」がいた。
彼女こそ、私の幼馴染、幼少時代から
仲が良かっただけでなく
いつも羨望のまなざしで見上げていた、
不思議な魅力を持った人だった。
私立の学校に通っていた私たちは、近所に友達が少なかったが、
彼女とはいつも1時間半の道のりをともにしていた。
彼女が「エマちゃんが住んでいた山のあたりは、
がっぽりと削られちゃったんだよ。」というので、
もう初日乾杯にもかかわらず、涙が止まらなくなってしまった。
あの山の景色こそ、私の台本の中に低く、ゆるく流れる、心の景色だった。
もう、行くことはないだろうと、分かってはいても、
シャベルカーでゴウゴウと崩されてゆく山を想像する。
子どものころに、同じような風景を隣の山に見て、
悔しかったのを覚えている。

人も時代も変わるのだから風景も必ず変わる。
それは、煙が決して同じ形に戻らないように
決して元に戻ることはない。
そんな流れに、みんな、どうやって、
心の折り合いをつけているのだろう。
変化は少しずつでも私にとっては早すぎるのだ。

さあ、明日は2日目、煙はどっちに向くだろう。

by 鯨エマ|2008-07-24 02:02

[鯨エマの海千山千] 記事数:1742

< 次の記事 | 前の記事 >

ゆたりブログ



「ゆたり」は時の広告社の登録商標です。
(登録第5290824号)