第2話 「Prologue」
宇都宮市、平成通り沿いに佇む1軒の小さなカフェ「2tree cafe」。人と人とのコミュニケーション、自然とのつながりを大切にしてきたこのカフェは2009年のオープン以来、近隣住民の皆さんはもちろん多くの人々に愛され続け、いつも笑顔溢れるあたたかな時間が流れています。そして時には、地元を拠点に活動しているアーティストたちのライブを開催するなど、音楽を通じてさまざまな交流が育まれる場所としても支持されています。
オーナーの倉本祐樹さんは岡山県出身。数年前、若者の自立支援活動のため栃木へ移住してきました。やがて、ここでの暮らしの中でもらった地域の方々の優しい心配りに、少しでも何か自分らしい感謝のかたちができたらとみんなが集えるカフェを始めることに。そしてオープンして間もなくの頃、ふとしたことがきっかけで出会ったのがギタリスト・小川倫生さんでした。
「店内でBGMとしてかけていた音楽が、お客さんとして出会った小川さんのものだった時は驚きました。彼はカフェライブの先駆者で、憧れの人でしたから。僕自身カフェと音楽のよりよい関係を築きたかったし、気がつけば小川さんにこのお店でのライブをお願いしていました」
小川さんと生まれたつながりは次第に広がり、お店の1周年を記念したイベント「年輪祭」ではたくさんのアーティストやクリエイターたちが参加して一同に祝福。心地よい音楽を楽しみながら、倉本さんやゲストの方にとって忘れられないすてきな一夜となりました。
そんな穏やかな日々が続いていた折に、起きてしまった東日本大震災。散乱する店内に茫然としながらも、このお店に明かりを灯し続けなければと倉本さんは周囲の人たちと協力し合いながら日常を取り戻していきます。しかしそんな矢先に、倉本さんの目に留まったのは、変わり果ててしまった東北の光景でした。
「いてもたってもいられなくて、福島に足を運びました」
お店を開けながらも、時間をつくっては瓦礫撤去のボランティアで各地を訪れていた倉本さん。そうしていくうちに、福島県いわき市の海岸林が津波によって大きな被害を受けてしまったことを知ります。
「海岸林としてその地域を守り続けてきたクロマツ。震災の際もこのクロマツのお陰で、住宅への被害が広がらずに済んだという住民の声もあったそうです。1本の木を育てるのには、長い年月と費用がかかるのは承知していましたが、あの美しい景観と海岸林として本来の機能を取り戻すために、自分には何ができるだろうと毎日のように考えていました」
そしてたどり着いたのが、このお店での出会いから生まれた音楽というつながり。縁のあるアーティストたちに協力してもらい、CDを制作し、その売り上げをクロマツの植林・育成に充てるというかたちでした。
「CDを作る経験なんてありませんでしたから、てっきり3カ月ぐらいでできるものかと思っていたら、小川さんや他のアーティストの皆さんと話を進めていくうちに、これはものすごく大変なことなんだと(笑)。想像以上に、時間も費用もかかる。それでも11組のアーティストと僕の想いは一緒。これからの未来、自然環境との共生、私たちが暮らす地球へのイメージをテーマに、みんながそれぞれに曲を書き下ろしてくれることになりました」
どんな風にアプローチしていくべきか？スタジオは？費用は？…話し合いを重ねるたびに、湧き上がる数々の問題。しかも11組のアーティストをうまく連携させ、コンセプトの共有をし、まとめなければいけない。世話人としての倉本さんの役割は、大変重いものでした。
それでも、プロジェクトメンバーの中で誰一人として諦める人はいません。「難しいから、やめましょう」という言葉より「難しいけど、どうしましょう」と互いに解決策を見い出しながら、制作は徐々に進んでいきました。
2014年7月。2年近い歳月をかけ、ようやく11組のアーティストによる1枚のCD「木を植える音楽」が完成。「NPO法人トチギ環境未来基地」が行う「苗木 for いわき プロジェクト」の活動とリンクすることで、いわきの海岸にはクロマツの苗木が植えられ育てられることになりました。
「終わったって、気持ちはありませんでした。むしろ、ここからが始まり。あの風景を取り戻すまで、僕たちの音楽は終わることがないんです」
「2tree cafe」の目印ともなる外看板に描かれた2本の木。それは温かな木のぬくもり、そして人や自然と共有し合うという倉本さんの想いが込められています。「今、できること」をまっすぐに自分自身に問い続け、ひたむきな想いと共に誕生した1枚のCD。倉本さんの優しい眼差しのその先には、これからの未来が見えているようでした。（m.m）
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